私の生年月日が
仕事しごとをすることになります.
士官學校を経へたのち將校生活をする時いつでも緊張きんちょうの生活をした軍隊
から去さるの同時に職場生活をして來ましたから知しらなかったんですが, 會社を
停年退職の後, 過すぎた1年間は虚脱感きょだつかんと不安感ふあんかんを振ふり切きら
なかって生活して來ますと思っています.
轉役の當時には暫しばらくの間あいだそんな氣がしましたがすぐに就職をしますから
當時にはたやすく忘わすれることができました.
予測よそくしなかったことはありませんですけどうちの社會の現實は私の考かんがえ
とは全然達ちがいました.
虚脱感きょだつかんと不安感ふあんかんを振ふり切きるために退職し頭がしらあちこち
求職きゅうしょく活動もして見ましすがみんなわやだでした.
能力も能力ですが年齡が問題だと思います.
職場しょくば生活せいかつの晩年ばんねんには自己じこ啓発けいはつのために日本語
にほんご学院がくいんに行ゆき来きするのもしましたがべつに助たすけになかったん
です.‘イタェバェク’(20代の半分はんぶんがのらくら者もの), ‘サオジャンダ’(45歲に
なると停年退職), ‘オリュクド’(56歲まで職場生活する者は 泥棒どろぼう)という
流行語りゅうこうごが現實だというのを確認しました.
幸さいわいに私,雇傭支援センタ―で 7個月間,日当にっとう40,000ウォンずつ受領
じゅりょうしましたから年金を使わなくて小遣こづかい銭せんが足たりなかったん
でした.
特別に行く所もなかったです. 偶然に就業博覽會へ行くになりました.
ところが私の能力と經歷で入るような會社はとこでもなかったんでした.
勿論, 目の高さを下さげれば警備員とか美化員とか駐車管理員等の職業はでき
ましたけど.
気力きりょくがなくなって博覽會場から出て來る時,あるブ―スから私を呼よび
ました. 結婚の司式者ししきしゃの同友會でした.
どれほどありがたくて卽席で履歷書を書き出しました.
それが因緣になってそのあとから今まで週末になると退屈たいくつなくて時間を
すごすことができました.
時時は週末が 待まつ時もありまりました.
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